アルコール・オア・ダイ

酩酊オタクの酔いどれ雑記。基本酔っぱらいの戯れ言

舞台「7ORDER」について考えまくった話

舞台「7ORDER」大千穐楽を迎えましたねー!
7人もスタッフもお疲れ様でした!
思えば、発表されてから待つこと3か月。チケットも争奪戦だったし、見てほしいなと思っていた友人の都合のつく日程はついぞ取れず。それまでがいろんな現場にあちこち行ってたので、長かったような短かったような……

なにしろ、7ORDERについての情報がない。まったくない。欠片もない。何のヒントもない。
どんな内容になるのか、お芝居だけ?歌ったり踊ったりバンドは?どんなお話なの?グッズは何が出るの??などなどなど、本当に謎に包まれたまま、しれっと公式に書かれている脚本家さんや演出家さんの過去作品などを検索したりして、いろんな予想を立てたりしていた日々が終わり、初日が始まりました。

私は、比較的早い、8/24のマチネと神戸の初日に赴きました。マジ、2回も入れたの奇跡かと思った。(東京は、生配信を見てぜひとも見てみたい!と言ってくれたお友達の名義、神戸は相方の名義。私の名義はまた仕事しませんでした)
その2回と、千穐楽の配信を見終わってみて、の感想を素直に書きたいと思います。公演も終わったし、普通にネタバレ(というのか?)もありです。
いろいろ思うこともあり、全然絶賛してないから、絶賛じゃないと読む気になれないわ。という人は、ここから引き返してください。
先に書いたからね……!!!

 


東京の公演を見た後。正直
「うううううーーーーーーーーんんんん」てなってしまった。
7人がそろってそこにいる、ということの喜びやファンが過去とオーバーラップさせることに頼った物語だったなと思ってしまって。見終わってすぐのツイートで

 7人が揃ってステージに立っている喜びとか一人一人のポテンシャルの高さとか美しさとかパーツパーツの面白さとか、そういう素晴らしさとは別にして、舞台というかお話としての完成度としてどうだったかなあと首を捻る部分は正直あるんだよなあ


と書いていたので、観劇後すぐの感想がこれだったんだよなあ…なんか、切ないな。

ツイートにもあるように、一人ひとりはとてもポテンシャルが高くて美しくて、あと、全体としてはうううううーーーーーーーーんんんんでも、要素やパーツとしては面白かったりしたので、先に、良いことから書きますね。

●7人のポテンシャルの高さ

いやあ、この、つじつまが合ってないところのいっぱいあるお話の流れで、演技として感情を持って行ったなあ!ていうのはさすがとしか言いようがない。ジャニのストーリーとかあったもんじゃないトンチキ舞台をJrとして支えてきただけのことはあるなと思う。とくに、ケンタロウの裏切りがわかったあとのそれぞれの激昂、アランとケンタロウの対峙とか、あのテンションの高いお芝居ができるの本当にすごいと思う。パーツとしてグッとくる演技だもん。

萩ちゃんのケイゴ:

すごく抑えた演技で、寡黙というより温和で思慮深いタイプだったんだろうな。と思わせる。(実際の萩ちゃんとは違うけど笑)語尾の柔らかい言葉遣いはもちろん、動きも丁寧だし、レオに語り掛けるところとか、あと、ケンタロウが仲間だって言って握手するときケイゴは両手で握手するの。そして、ケンタロウが離れた後、そっとその手を握り締めるんだよ。嬉しそうに。そこのケイゴがとても美しくて、私は上手で見てて、そのシーンは下手で行われるのだけど、表情やしぐさに見とれてしまった。

顕嵐ちゃんのアラン:

終始テンションが高く、激情型で、あんまり頭はよくないかもしれないけれど、本能的に真実にたどり着くような野性味を感じさせる。最初に現れた時の手負いの獣感やその後の独白の嬉しそうな笑顔とか、顕嵐ちゃんを知らない人には、そういう子に見えたと思う。先にも書いたけど、一番キモなのに一番トンチキな場面で、あれだけのテンションで観客を引き込むのは本当にすごい。あと、思っていたよりずっと喉が強かった。あれだけ叫び続けてるのに声が枯れていたとは聞かなかった。

ながつのレオ:

もう、現れた瞬間から、引きこもりで人を拒絶して、心を閉ざしたナイーブな少年。というのがわかる。長い手足を小さく折りたたんで丸くなって、ぼそりぼそりと喋る。こちらが胸が痛くなるようなレオがやがて心を開いていく。という流れが、ながつの演技のおかげでとてもナチュラルに見える。繊細で絵を描くのが好きで、ケンタロウや仲間のことが好きになって……そんな子を、よく裏切る気になったよな、お前な!てガチでケンタロウに切れそうになったわ笑。あとね、スゴく良い声。

美勇人のミュート:

登場シーンのダンスの美しさは神々しいばかりだった……本当に美しかったし、元来、優しい人なんだろうなって思わせる。かなり当て書きな部分もあったかな?と思わされた。ダンスにかける情熱とか、ファッションへのこだわりとか、あと、ショーキとの仲のよさとか。強烈なキャラクターではないけど、あの姿だけで印象に残るだろうなあと思う。

モロちゃんのショーキ:

人を笑わせることが好きで、笑いたくて…ていうのがモロちゃんだなって。割と当て書きかな?ここも。なにしろモロちゃん、声が通るしお芝居上手いしカッコいいし、歌もダンスもアクロもできて、サックスまた上手くなってるし。本当にスキルチート。という部分はかなり生かされていたかなあ。言葉遣いにちょっと育ちの良さがでてる。優しさというか、荒れてない感じ

さなぴのユウマ:

やっぱお芝居上手い!映像はしばらく見てないけど、とにかく舞台で映えるあの声。シェイクスピアの一節とか本当にさすが。シェイクスピアやって欲しい。セリフに感情や熱を乗せるのもやっぱり上手い。いいとこのお坊ちゃんだった、にも説得力のある柔らかさとや人当たりの良さとか。演技として雰囲気に醸し出してるの、さすがだなあ。

やっすーのケンタロウ:

いやあ、良くやったよね!この役!ここまで感情と論理の破綻した役を、一定の説得力を持って演じきったのはさすがの一言。やっすーの持つ得体の知れない凄みに支えられて、ケンタロウという役は活きたと思う。ケンタロウの熱量が伝染していく様子やなんか引っ張られてしまう。というのが、脚本や演出ではあんまり納得できないのに、やっすーの持っている雰囲気で、説得力が生まれてることがすごいと思う。

 

●衣装がすごくいい!
ヴィンテージなどを組み合わせて、本人の夢や関係性をリンクしたペイントをした、ていうスタイリストさんのツイートもあったけど、あるはるチームは革ジャンと派手なパンツの組み合わせ、美勇人君の羽織りジャケット、ながつのロングガウンがすごく好きなんだけど、それぞれ似合ってて、世界観を構築するのに大きく影響してたなって思う。
2部は言わずもがな。顕嵐ちゃんの衣装最高でした!東京公演見終わったあと、顕嵐ちゃん、靴下が紫だったね~かわいー!て3人で言いまくっていた。靴下が紫の何がそんなに可愛いのか。というツッコミは誰もしなかった笑
実は2部は萩ちゃんが遠くて、衣装があんまりよく見えなかったんだよなー。

 

●2部がライブだったの良かった
2部がライブで、本編とは関係なかったの良かったなあ。萩ちゃんの歌も聴けたしドラムも聞けたし…衣装も素敵だったし、何より、ライブパフォーマンスをしている彼らがとても嬉しそうで楽しそうで、表舞台に全員で戻ってこれたという喜びがあふれていて、ステージの上が多幸感に包まれてた。多分7人が一番幸せなんだろうなあと思わせられた。

パーツとして、私が良かったなーと思った点を先にあげてみました。

さて、ここからは冒頭のうううううーーーーーーーーんんんんの正体を突き詰めていきたいと思います。

 

さて、前段すっ飛ばして、とにかく舞台7ORDERの疑問に思った点、モヤモヤした点を書き連ねていきたいと思います。
コマけーこと気にしてんじゃねーよ!という向きには何言ってんだこいつ?みたいな内容です。
でもツッコまずにはいられないんだよーー!!

 

●そもそもAZ法って無理がない?

私、学生時代遺伝工学的なものをかじるような専攻をしていたのと、子どものころからSFにどっぷりな人だったので、こういう、ランク付け管理をされたディストピアものって親しみ深いものではあるんですけど。こういう管理社会って、一つの国だけだと無理だと思うんですよ。というそもそもの設定から突っ込んでみる。

こういうのテキトーに流したらいいやーん、と思う向きもあると思いますが、このAZ法がキモな部分もあるので、ちょっと看過できなくて。身分をランク付けするってすごいシスティマティックにやらないと、めちゃめちゃざるというか穴が生まれるので…。まあ、この設定の詰めの甘さが、全体的に隙とか穴とかが無数にある今回の舞台設定に繋がってる気がします。

そもそも、遺伝子レベルの検査で26段階に分けるのって無駄が多すぎるし段階が多すぎる、と思う。何をもってしてAランクの遺伝子とみなし、何をもってしてZランクとみなすのか、ていうところまで考えられてないなあ、こりゃ。という感じがしました。

遺伝情報なんて全員違うし、発現する形質なのか、すべてのゲノムどれぐらいの差異をもってランク分けするんだろう。だって、人と人の遺伝子の差異って、0.1%だよ…その中にいろんな個人差があって、優劣決めるの難しすぎるだろ。移民政策とかだったら、純血上級>純血中級>純血下級>ミックス(1/8・1/4・1/2・3/4・7/8)>多民族 みたいな分け方くらいが妥当じゃね?と思ったりしました。

多分これ、AZ法ていう言葉の方が先にできたんだろうなあ。と思ってしまった。イヤまあ、それでもいいんだけどさあ…

 

●AZ法の棲み分けに穴が多すぎない?

これ、設定の穴その2て感じなんですけど。住む場所、仕事、教育、娯楽、結婚、すべてがランクを越えることはできない…んですよね?
じゃあ、Aランクの大臣とBランクの大学教授が並んでテレビにでるのはいいの…?
テレビって媒体はどのランクの人たちが作ってるの?とか。

あと一番の謎は、ケンタロウとユウマが2人でT地区に行って、劇場ですぐZてばれて追い返されるのに、モロちゃんはT地区の劇場でお笑い芸人として出演してるんだよね?それで幾ばくかのお金をもらったりしてるんだよね?それはありなの?ミュートがいこうよ!つってすんなりみんなで見てたけど、追い返されないの?

そもそも、無許可でT地区に入るのはOKなの??無許可で入れるなら、結婚は無理でも恋愛して子供作るぐらいはできそう。そうなったら生まれた子供のランクはどうなるの……?
もう、施行から十年たってて、そういう細かな規則がザルになってたり、人権派の人が現れてたり、下衆いビジネスチャンスを見出してたりして、一部では行き来できるようになってたりするんだろうか。もしそうなら、この状況を短く説明できる方法はあるし、見てる方が想像して補完しないといけないのは、なんか違わないですか?

さらに気になるのは、あの子たち、どうやって食べてるのかしらね?仕事はあるのか、それとも施しを受けているのか、自給自足なのか…?モロちゃんの出演したR&Jも底辺で生きる人たちが出てきたけど、ベーシックインカムがあって、という説明があるし、底辺に暮らす人たちの説明もある。だから上流階級との差もはっきりして、鬱屈した状態に説得力があるという一面がある。
多分仕事のカテゴリーも、肉体単純労働とか、過酷な仕事とかかなと思うけど、彼らはどう見ても仕事してる風じゃないし、じゃあ、配給的なものでもあるの…?とか、細かいところがどんどん気になってしまう。大きな嘘をちゃんと上手くついてくれないから、そうなるんだよねぇ、おそらく。

ひとつ階級が違うとどれほど違うのか、規制がどの程度厳密できつい(緩い)ものかがわからないから、ZがYになった時、どれくらい生活が向上して、それが、多くの同胞を裏切る動機になるのかがちょっとわからないのも、この設定の穴なんだよね。

Zベースについてはもう、アレがないと始まらないからなんも言わないけど、あの廃工場でいろいろできる時点で、矛盾最高潮!て感じだよね。

 

●偶然が多過ぎやしません?

偶然の産物が多すぎる。ケイゴがたまたま長妻先生の教え子で、たまたまドラムが叩けて、ミュートもたまたまちょっとベースが弾けて、レオもたまたま小さい頃ピアノをやってた。

バンドをやる流れを作りたいのはわかるけど、みんながたまたまやってなくても良くない?今この瞬間にこれを選ぶ。みたいなことがあっても良さそうなのに。

あと、ケイゴが裏SNSにアップしてたけど、そんなネットワークなんて、国民全員の遺伝子検査できるような国力がある国が、裏SNSとか監視してないわけないと思うんだけど、中国におけるVPN経由でTwitter見てる状況、みたいな感じなんだろうか。
あんな、なんかやります!て告知したら、ケンタロウが裏切らなくても、誰かがチクるんじゃないのかなあ。それでも、ていうのはありだと思うけど、これも偶然見つかってないって扱いなのかなあ。協力者の存在を勝手にこちらで補完しなくちゃならないのかな?やっぱり

偶然の積み重ねが振り返ると必然だった、ということはあると思うんだけど、偶然だけでお話が進んでいくのはどうなの?て思うんだよなあ。

 

●みんなのバンドやる動機が薄くない?

確か、一人ひとりやりたいことは違ったはず。

ユウマは演技がしたくて、ミュートはダンスがしたくて、ショーキはお笑いがしたくて、レオは絵を描きたかった。
それぞれがやりたいことをやればいい、なりたいものになればいい。だったはずなのに、バンドセットが見つかった瞬間、俺たちの武器これじゃない?バンドやろうぜ!にいきなりシフトするのは、唐突すぎない?
見ている側のオタクは、彼らが過去Love-tuneとして、バンドをやっていたことを知っているからスムーズに受け取れる側面はあるけど。

演技は?ダンスは?お笑いは?絵は?それよりもバンドの方が大事になったのはどのタイミング?葛藤はなかったの?もしや、ケンタロウが言うからその方がいいかなとかなったの??そんな主体性のないことある?!(ここまで一息)

ケイゴはもともとドラムが得意だった。アランはそんなケイゴを自慢に思っていた。だから2人はバンドをやりたいと思った。には多少の説得力があると思う。今まで、特に何がやりたい、ていう具体的なものがなかった2人の意見にケンタロウがのっかった、のならなんとなくわかる。
でも、それがすぐ、これまでやりたくてできなくて、かなわないと思っていて、でも、もしかしたら望んでいいのかも、叶えていいのかも、と思った夢を一旦おいといて夢中になれることなんだろうか。
そういうところ、もっと丁寧にしなきゃいけなくない?

それに加えて、ケンタロウとレオ、アランとケイゴ、ミュートとショーキのそれぞれの関係性は特別として、それ以外のメンバー同士の関係性がすごく稀薄なの、すごく気になる。
バンドをやることを中心に互いの関係性が作られていくみたいなシーン、本当に要らなかったのか?それがあるはずの半年間は割愛ですよね。なんだそれは。

えーと、みんなでバンドで、音楽で革命を起こそうぜ!が本題じゃなかったのかな?それなら、7人の関係が深まっていく過程とか必要だったんじゃないのかな?
ほかのメンバーより、ケンタロウのことを書きたくなっちゃったかな?これが破綻の原因の一個だと思うんだけどな?

 

●そんなこと言ってましたっけ?

これ、相方とすり合わせたから、確かにそうなんだけど、セリフとしてもシーンとしても存在しないのに、ケンタロウがそう言ったというのが2つあって。
どちらもケンタロウが裏切りを告白したところ。
ちょっと、せりふ自体はうろ覚えだけど(ディレイで確かめればよかった)ショーキの「ケンタロウ、いつも言ってたじゃん、よく考えろって!」(え?そんなこと1回でも言ってましたっけ??)と、アランの「何もなくたって生きてていいんだ!て教えてくれたのおまえだろ!」(え?そんなシーンありましたっけ??)の2つ。

そういうことを言うだろうってことは、なんとなく想像はできる。それによって、ショーキは思慮深くならないと、と思ったのだろうし、アランは自分には何もないけど、それでも生きてていいんだ、て思ったんだろう。

でもここは舞台の上で、見せられていない聞かされていないものは、観客にはなかったことですよ…!ああ、言いそうだよなー。じゃ無理やん?

こんな一人ひとりのキャラクターにとってはきっと大切なはずのセリフ、それこそが彼らとケンタロウのつながりや絆になったのだろうという、言葉としてはとても良いことを言っているはずなのに、そのシーンがないばっかりにめっちゃ空虚だよ。

 

●ケンタロウの本当の目的はなんだったの?

もう、これが本当に一番の謎だったんです。
革命起こすつもりだったんだよね?
やりたいことを自由にやって、それが認められる世界にしたかったんだよね?
いつから目的は敵討ちになったの?どこでシフトしたの?
みんながバンドの練習やってて、楽器のできない自分に居場所がなくなったみたいで寂しかったの?
みんなが自分の意志で自由を勝ち取るために行動し始めたら、旗振り役の自分の価値がわからなくなったの?
疑問だらけなんですよ。

ケンタロウの裏切りからもう一回みんなでバンドやろうって言う流れが。

例えば、そもそも最初から敵討ちこそ革命の第一歩。みんな俺の計画のために犠牲になってくれ!ていうスタンスだったならわかる。あるいは、音楽で革命は起こせないと思い知るような何かがケンタロウにあったとか。

裏切りをばらした(そもそもなぜばらした。こっそりやればよかったじゃん。もちろんそれじゃお話にもなんもならないけど)、そのあとの言動が割と支離滅裂というか構ってチャンの我儘にも見えるし、
俺はこんなつらい思いをしたんだー!何でもできるお前らにはわからないだろう!お前ら6人でも十分大丈夫だろう!だからこれは俺だけでやって一人で死ぬ!人の計画潰しやがって!って、論理めちゃくちゃやがな

その辺が理解も共感もできないのであのクライマックスのはずのところで、スーッと醒めちゃう。

だって、裏切られた革命家の方は、全員刑務所入って、おそらく死刑ですよ。
それを一番わかってるの、ケンタロウの言葉を借りればケンタロウとレオじゃないの。あなた、レオも見殺しにするの。
多分、法務大臣を殺しても、法律なんてそう簡単に変わらないよ。余計に締め付けがきつくなるか、特例ランクアップ制度がなくなるだけ。あいつを殺して俺も死ぬ。あとのことは知らん。だよ、それじゃ。よく考えました??

えー、その辺どうなの、ケンタロウ。
みんな、自分がいないところで才能発揮していくと本当に思ってたの?それとも、こんなことやっても無駄だーー!て自暴自棄になったの?俺が身を挺してあいつを倒す!ていう無能なヒロイシズムに酔っちゃったの?

ケンタロウの真意が知りたい。見ててもよくわからなかった。わかった人、教えてください。

 

●みんなの気持ちも実はよくわからない

バンドをやろうという動機もそうなんだけど、互いにどう思ってるかもそうなんだけど、特に先に仲間になった3人は、どのくらい鬱屈してたのか、本当に今の生活を心から変えたいと思ったのか、何が不満だったのか、いまいち伝わってこない…

特にショーキは、実際T地区に入り込んで、お笑い芸人やってるわけじゃないですか。まあ、ケンタロウと出会ったことで、気持ちが動いたのはわかるんだけどね。危険な賭けに出るほどだったのかな?て。

それとも、相当ケンタロウが人を乗せるのが上手いんだろうか(まあ、その可能性はあるか)。成功の算段も計画性もなくそうやって声をかけて人をその気にさせるその手練手管に、ある意味だまされたんじゃないの?それって詐欺じゃん。そのうえ、裏切られたとあっては、マジ許せるか?と汚れた大人は思います。

あと、ケイゴはなんで4ORDERに助けを求めに来たんだろうね。なんか、すごい連中がいる。あいつら、なんかやってくれそう。やらかしそう。みたいな噂があったのかな?(これも想像でしかない)それとも、Z地区では若者はいろいろチームを組んでたりしたんだろうか。(BBJとか?ハイローとか?そういう感じ?)
でもまあ、ORDERのみなさんは喧嘩してるわけでもないし、みんなで集まって楽しくやってただけみたいだし、何でアランを止めてくれると思ったん?

そして、クライマックス。ほんとに最後の最後でケンタロウを許して一緒にバンドをやろう!ていう心境にあのままなれるんだろうか……

あんだけ「俺が俺が俺が」て言ってた人を、自分たちを窮地に追い込んだ張本人を、なんなら自分の目的の遂行のために、見殺しにしようとした人間を、あんな形で許せるのかな。

"お話の都合上"そうでないと困るんだけど、あの短い時間で葛藤ゼロで、自分都合のいいわけばっかりした人を、リーダーが戻ってきたぜ!て感じでメインボーカルに据えられるのかなあ。というね。

いや、わかってるよ。そうしないと物語のゴールに向かえないって。しかし、それって、見てるこちら側が、いろんな葛藤や苦悩や見えない何かを乗り越えて、彼らが再び7人で立ち上がったのだと知っているし、そのための舞台を見ているから理解できるのであって、そんな大団円でよかったよかった……て普通ならないからね?え?なる?あの子たちがあの7人じゃなくて、私たちの知る過去がなくても納得できる??

 

●私のもやもやの正体の分析

一応ここから結論です。
とにかく。書き連ねたように疑問に思うところが多すぎて、いちいち引き戻されたというのはある。

あと、やっぱり7人全員が主役、みたいにはならないし不可能だから、もう、全員主役という言葉は封印してほしい(前世の記憶)。

今回は、結局、ケンタロウが主役の、ほぼすべてにおいてケンタロウが主語の物語だったから、私自身は、萩ちゃんとか役回り的に損したな?と思う瞬間は幾度かあったよ、正直。(何で萩ちゃんだけグループにお願いして入れてもらおうとして拒絶されて土下座までして、結局アランとのあれこれのおまけみたいに入ってんねん、とかいう不満は、オタクバイアスかかってるとしてあるし)。

でも、それは、主役とそれ以外の役回りがあるお芝居には仕方がないことだとも思ってる。

前世がオーバーラップする人としない人が出るのもモヤモヤするし、どう見ても7人が同格には思えない。ケンタロウとゆかいな仲間たち(揶揄)だったから、それならそう言っといて。みたいな気持ちになる。

ケンタロウがくる前のライブ前シーンから最後のライブシーンで重要なセリフはだいたいユウマとミュートに振られてたから、え、生まれ変わっても序列?!て思ったり。ショーキとケイゴはあの辺、あんまり役回り自体もなかったしね。

ケンタロウが思いついて、ケンタロウがみんなをその気にさせて、ケンタロウがバンドをやろうって言って、ケンタロウが裏切って、ケンタロウが苦悩して、ケンタロウが自己犠牲の作戦を思いついて、ケンタロウが逆ギレして、ケンタロウが最後やっぱり音楽で革命を起こそうってなって、ケンタロウがメインボーカルで、ケンタロウが最後いうわけよ。この世界も悪くねえな!て。

これ聞いた瞬間、お前が言うか!てなったのよ、正直…(安井君がじゃないよ。舞台の上のケンタロウがだよ)信頼されてみんなが付いてきていたのに、裏切って自分だけ辛かったみたいなこと言って、それによって傷ついたみんなの心のケアもしないで、反省してるし追いつめられてたんだから許してよ。わかったよ。みたいな大人の対応された感じで。

ここのくだり、何回考えてもモヤモヤしかしない。

●現実の7人とオタクにフリーライドされたのだ

結局、見に来ている方が、彼らが前世、辛い目にあったんじゃないかと思っていて、一度は失われたと思っていた形が、また同じメンバーで7人になって、もう一度立ち上がった。彼らは前世でダンスやお芝居をやっていて、7人でバンドをやっていて、みんな個性があって、7人とても仲が良くて。というのを知っている。ということに乗っかった物語だったんだなって。

脚本家の人が自分の辛かった頃のことを、ケンタロウに乗せちゃったのもあるんだろう。あれは安井君じゃなくてケンタロウで、主人公だから、脚本家の分身でもある。挫折していっそ死んじゃおうと思っていたあの頃の自分に届きますように、ていう趣旨のツイートを脚本家の人がしてたけど、なるほど、そういうマスターベーションも含まれてたのか。という気持ち。ケンタロウにその気持ちを乗せちゃったから、話の骨子がぶれたというかずれたのかもしれない。

彼らのもつスキルやポテンシャルや個性に、オタクが持っている願いや希望や祈りや喜びにフリーライドしたうえで成り立つ、ファン側が否定しづらい物語を作って、それを“7ORDERの物語”として見せられた。

というのが、ここまでたくさん書いてきたいろいろな細かな疑問やモヤモヤの終着点です。


過去のいろいろを振り切って、全部まっさら新しいものを見せてくれる!何より、彼らは前世でだって毎回新しいものを見せてくれていたのだから、という気持ちで赴いていたので、正直残念な内容だったな、と思っています。

もう、そこに7人がいるだけで尊い!!内容とかは二の次!(まあ、これも舞台の評価としてどうかと思うけれども)という思考ではないので、どうしても、演劇というか物語としてのクオリティがすごく気になってしまった。

これまで、萩ちゃん、モロちゃん、ながつが務めてきた舞台が、演劇としも評価が高かっただけに、本当に……なんか悔しかった。

物語を大切にする人には、見せられないな、と思った。

だってせっかくあの子たち7人の門出の舞台だよ!
めちゃくちゃいいものにしてほしかったもん!
オタクだからわかるでしょ、こういうの好きでしょ、とかもってのほかだもん!
この子たちすごいでしょ!だけじゃなくて、
この舞台めちゃくちゃ面白いから見ない?て言いたいもん!
それが叶わないことがすごく悔しかったんだって!

 


これからある、美勇人君主演のスピンオフも、来年の春にあるという第2段も、こういう感想を抱かないものになったらいいなと思います。
スピンオフ書く前にも一回練り直してほしい、設定…きっと、美勇人君自身は最高のポテンシャルでめちゃくちゃ輝いてかっこいいと思うので、それにフリーライドせずに、しっかりした脚本と演出で舞台をやってほしいです。

 

本当は、もっといろいろあるし、書きそびれたこともあるし、上手くまとまらなかった部分もあるけど、これにて、舞台「7ORDER」の話はおしまい。

ここまでお付き合いくださった方、お疲れ様でした。ありがとうございました。
(1万字超えてたわ。あほだなあ、私も)